小江戸川越 芋福堂
STORY / 2026.11.05

群馬で生まれた芋福堂が、なぜ川越へ移転したのか。

小江戸川越 芋福堂の川越店舗外観

群馬で生まれた芋福堂が、なぜ川越に移転したのか。

実は、その理由を知らない方も多いと思うので、今回はちょっとした裏話をお話ししたいと思います。

川越は、僕にとって第二の故郷

実は僕、学生時代は東洋大学の工学部に通っていて、大学生活を川越で過ごしていました。

もうウン十年前の話ですが(笑)。

初めてのアルバイトは氷川会館での結婚式の配膳スタッフ。その後はクレアモールのカラオケ館で、オープニングスタッフとして働いたこともありました。

初めて一人暮らしをしたのも川越。

僕にとって川越は、青春時代の思い出がたくさん詰まった、第二の故郷のような街なんです。

あえて、芋の激戦区へ

その後、コロナ禍で当時の事業が大変な状況になりました。

そんな状況を打破するために、新たな挑戦として始めることにしたのが、地元・群馬での芋福堂の創業でした。

「絶対にもう一度復活してやる!」

そんな決意を込めて、芋福堂を始めるタイミングで会社名も「なんとかなる合同会社」に変更しました。

少しずつお客様にも知っていただけるようになり、創業から3年ほど経った頃、ふと考えるようになりました。

「これから長い人生、芋屋を続けていくなら、このまま群馬でやっていくことが正解なんだろうか?」

そんなとき、頭に浮かんだのが川越でした。

学生時代は今ほどお芋の街という印象がなかった川越も、今では「芋の聖地」と呼ばれるほどの激戦区。

いわゆるレッドオーシャンです。

それでも、

「だったら、いっそのこと芋の街・川越で勝負した方が面白いんじゃないか?」

そう思ったら、もう川越で挑戦したい気持ちが止まらなくなってしまいました(笑)。

そして今の店舗とのご縁があり、移転を決意しました。

憧れの芋やすさんにお願いした外観

川越に出店するにあたり、どうしてもこだわりたかったのが店舗の外観です。

そこでお願いしたのが、僕が芋屋を始めるときに一番参考にさせていただき、今でも尊敬している「芋やす」さん。

同業にもかかわらず、快く外観デザインを引き受けていただきました。

おかげさまで、大大大満足のお店が完成!

今でも「我ながら格好いいお店ができたなぁ」と思っています(笑)。

芋やすさん、その節は本当にありがとうございました。

改装前の川越店舗。旧店舗の緑色のひさしが残る外観
BEFORE改装前の店舗
芋やすさんのデザインで完成した小江戸川越 芋福堂の外観。瓦屋根と赤いのれんが印象的
AFTER芋福堂として生まれ変わった外観

実は、今でも群馬で作っています

川越に移転したものの、店舗には製造面で少し制約があったため、製造拠点は群馬に残すことにしました。

今でも焼き芋やおいもちっぷすなど、商品の多くは群馬の工房で製造しています。

群馬で作り、川越から全国へ届ける。

群馬は芋福堂が生まれた場所。そして川越は、新しい挑戦を始めた場所。

どちらも芋福堂にとって大切な拠点です。

川越に移転して、本当に良かった

芋福堂は創業から丸5年。

川越に移転してからも、来年3月で早いもので2年になります。

移転後はテレビや雑誌などに取り上げていただく機会も増え、全国の百貨店にも出店できるようになりました。

振り返ると、あのとき思い切って川越に挑戦して、本当に良かったと心から思っています。

これからも川越店舗では季節限定メニューや新しいお芋スイーツを増やし、群馬の工房からも全国へ芋福堂のおいしさを届けていきたいと思っています。

すでにご来店いただいた方も、まだの方も、川越にお越しの際はふらっと立ち寄っていただけたら嬉しいです。

そんなこんなで、芋福堂の川越誕生秘話でした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

小江戸川越 芋福堂
代表 大川

芋福堂について →

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